インタビュー記事
ECチャネルを攻略するにあたって売上も目指しますが、最も重要な軸ではありません。ハウス食品を、ハウスというブランドの商品をお客様にどれだけ好きになって
もらうかの指標が最優先です。
ハウス食品株式会社 食品事業本部
食品事業四部長 小島 美雄様
食品事業四部 ECマーケティングユニット ビジネスユニットマネージャー 井筒 勇樹様(2022年3月時点)
食品事業四部 ECマーケティングユニット 専門課長 宮下 典之様
株式会社ペンシル D2C事業部 ゼネラルマネージャー 関 洋祐
どういう経緯でD2Cという事業に取り組むことになったのでしょうか?
- 井筒様
- 当社はもともと量販店での販売を主力として取り組んできましたが、よりお客様とのリアルなコミュニケーションに対する期待が高まってきました。ハウス食品として新しいチャネルを開拓するならば、コロナ過ということもあって当然ネットだろうということになり、ECチャネルを攻略しようという方向になりました。ですから、D2Cという考え方の前に、もともと発足していた新規事業開発室でECチャネル攻略のための戦略を立てようとしたことが発端です。
- 関
- それは既存のチャネルに課題があったということですか?
- 井筒様
- 現在、スーパーマーケットにおける加工食品の売り場面積はどんどん小さくなっており、カレーの棚をみても陳列スペースが限られてきている現状があります。また、スーパーへ行くお客様も多様化し、お惣菜を買って帰るか、つくりたいレシピの材料(たとえば牛肉とじゃがいも、人参、玉ねぎ)だけを買って滞在時間3分というお客様も増えてきています。
そんななかで、どうすればハウス食品の商品をもっとお客様にお届けできるのか、スーパーとのお付き合いだけでは限界があるのではないか、という考えにいたり、新しいチャネルをつくらねばならないという危機感が生まれました。
- 関
- なるほど。新しいチャネルをつくるなかで、どのような課題があってペンシルにお声がけいただいたのでしょうか?
- 井筒様
- 当初、ECといえば大手ECサイトでPB商品を販売すること、と考えていました。そこで、大手ECサイトの持っている課題をハウスの商品販売で一緒に解決していこうと考え、大手ECサイトの担当者にお話を聞きに行きました。話を聞いているなかで物流費の高騰に伴う課題があるとわかり、その課題を解決できるPB商品をつくろうという話が主になっていきました。
しかし、あるとき「PB商品を販売開始することがECチャネルの攻略になるのか?」と疑問が生まれ、立ち止まりました。
そこで「ハウス食品が目指している本当のECチャネルの攻略ってなんなのか?」を考えたときに、チャネル攻略ではなく、自分たちがEC市場に入っていかないといけないのではないか、という発想の転換が起きました。
自分たちがEC市場に参入するということは、独自のお店を持って直接お客様とコミュニケーションを取って販売していくことだと気づいたのです。それで自分たちなりにあれこれと調べたのですが、なにぶんデジタルマーケティングについてあまり知識がなかったので、グループ会社のハウスウェルネスフーズに相談したところ、先にお世話になっていたペンシルさんの名前が上がったというわけです。
ペンシルと一緒にデジタル、ECチャネル攻略に取り組むことになった決め手は?
- 井筒様
- 一番はこれまでの実績からメーカーというものをよくご存知だということ。「EC企業が食品を扱うこと」と「食品メーカーがECに取り組むこと」には雲泥の差があります。ただECショップの売上を上げる知見がある、ということではなく、パートナーとして、ハウス食品という100年ほど歴史があるメーカーが、世の中に貢献し続けていること、貢献し続けていきたいと思っていることを汲んでもらい理解いただく必要がありました。その意図を汲めない会社とはご一緒できません。
その点を考えたとき、いろいろな企業をみてきましたが、ペンシルさんはメーカーへの理解度が高く、メーカーがやるべきこと、やろうとしていることを肌感で理解いただけているように感じました。
- 関
- ご提案する際に、ハウス様がなにをされたい会社なのか、企業理念を見せてもらい理解するところからはじめました。「EC企業が食品を扱うこと」と「食品メーカーがECに取り組むこと」の一番の違いはなんでしょうか?
- 井筒様
- 指標が違うのが大きいですね。売上も重要ですが、どれだけハウスファンを増やせるかが重要で、売上はその結果だと考えています。もちろん売上も目指しますが、最も重要な軸ではありません。ハウス食品を、ハウスというブランドの商品をどれだけ好きになってもらうかの指標が最優先です。
- 関
- なるほど。
- 井筒様
- EC企業が食品を売るときにはまずは売上を一番に考えると思いますが、ハウス食品が目指すものはそうではない、と感じました。我々にはこれまでスーパーを相手にカレーの市場を守ってきたという自負があります。ブランドの世界観を維持するために、バーモントカレーの価格を必要以上に下げすぎないように工夫もしてきました。
- 関
- 売上だけではない、もっと重要なブランドへの思いを守るということですね。
- 井筒様
- ハウス食品では、売上を追うのではなく、あくまでお客様の支持を追い続けてきた結果、売上がついてくると教えられてきました。
- 関
- EC事業全体を見たときに目指すべきところ、また、ハウス様の中での事業の位置づけなどを教えてください。
- 小島様
- ハウス食品では3年単位で中期計画を掲げていますが、現在は第7次計画の初年度にあたり、第6次計画の中期くらいから「変革」というキーワードが出るようになりました。お客様が多様化していて、創業から108年間のハウス食品の歴史において、企業の屋台骨であるカレーを中心とした香辛調味料、加工食品事業だけでは難しくなってきました。いろいろな新しいハウス食品の顔が必要になり、D2Cという分野に挑戦しなければならない、という意識が高まってきました。
そのなかでも特にECはフォーカスすべきとなりました。実は、元は第7次中期計画の最終年度くらいでサイトを立上げていくつもりでしたが、多様化のスピードが加速していくなかで、「やるなら早くやろう」ということで、急遽ペンシルさんに相談を持ち込んだのが大きな流れでした。
ようやくサイトがオープンしましたが、公開までに苦労されたことをお聞かせいただけますか?
- 井筒様
- 個人的には圧倒的な知識不足で、デジタルやITに強い宮下に助けてもらいました。僕の領域のマーケティング観点からいくと、セキュリティ面や技術面などで短期間では実現不可能なことが多く、やりたいことのパターンを多く持っていなかったので、あきらめざるを得なかったこともありました。
- 関
- プラットフォームの立上げではハウスグループ基準の厳しい制約があるなか、井筒様の考えをどう実現していくかは困難だったと思います。宮下様はいかがでしょうか?
- 宮下様
- 4月からチームに参加したのでまだ一年経っていませんが、ひとことで表すなら大変有意義でしたね。サイトオープンまで半年間という時間的制約があったのは厳しかったですが、産みの苦しみを味わえることは少ないので、その経験ができたことで実りある時間になりました。その一方で10月のサイトオープンを目指すためにやりたいことを捨てて、やらねばならないことを選択していく作業は苦しいことも多くありました。
また、集まっていただいた外部パートナーを含めたプロジェクトチームはみんなプロフェッショナルばかりだったので、お互いを信頼して進行できました。一方で全員のコミュニケーションの交通整理は大変でした。持っている情報、見ている視点など含め、普段は違う仕事をしているそれぞれが時間的制約のなかで互いの立場を理解しながら、整理していく、可視化していく、それぞれの品質を保っていくというプロセスは大変でした。ですが、そこが肝だったように思います。
あとは初期の段階で大規模なシステムを組めるグループインフラを持てるのは強みでしたね。一方で連携調整やコミュニケーションでの苦労もあり、制約が増えたり、要件の整理が複雑になってしまう大変さもありました。強みであるがゆえの苦労もありましたが、総じて有意義でした。
- 関
- コロナ禍でコミュニケーションがオンラインだけというのは厳しかったですね。当社のメンバーには「サイトがオープンしてもまだみなさんにお会いできていない」と嘆くメンバーもいました(笑)
サイト公開後の率直な印象はいかがでしたか?
- 宮下様
- サイトが立ち上がることは計画していたことなので、うれしい気持ちよりは通過点として「ようやくスタートできた。さあ、これから」という思いが強かったです。サービス開始直後というのは不測の事態が起きることが多いので、なにか起きたときに対応できるように常に緊張感を持って過ごしていました。うれしかったことでいうと、頑張ってきた周りのメンバーが少し安堵感を持てたようで、ほっとした様子をみることができたことです。
- 井筒様
- 私自身、セキュリティに疎い部分があったので、意識の高いメンバーがいてくれて安心でした。個人的にはよいサイトができたと思うし、スピードも早かったねと社内から褒められました。時間的制約や社内的な事情もあり、絶対にやり遂げてやる!という強い思いで動く僕と実務を冷静にこなす宮下とうまく連携できたかなと思っています。多くの人が関わっていたので、ときにはぶつかることもありましたが、メンバーの誰一人欠けてもできなかったと実感しています。
事業をスタートして改めて、今感じているハウス様の強みや課題をお伺いできますか。
- 宮下様
- ハウスグループとして最初から信頼感や安心感を持った状態でサイトをスタートできたのはよい状態です。お客様の動きをみても、グループのサイトやSNSから訪問してきてくれてすぐに商品を購入していただけるのは間違いなくハウスというブランドへの信頼がなければありえないことなので、強みだと思っています。ほかの企業でも必ず同じことができる、というわけではないと思います。
また、インフラのバックアップ体制が強固なので、油断はできませんが運用の安定性も強みと考えています。まだ眠っている情報資産や資源もあるので、表に出せるようになれば大変大きな力を発揮できると思っています。社内にいると自分たちの強みはなかなかわからないので、そこはペンシルさんに引き出してほしいと思っています。こちらも引き出してもらえるようオープンマインドで情報を公開し、一蓮托生でやっていきたいです。
- 関
- 既存ブランドにファンがいて、できあがっている信頼関係はまさに強みです。おっしゃっていただいたように、眠っている情報資産などはペンシルとしてもしっかりと引き出していきたいと思います。一方で現在の課題はいかがですか?
- 宮下様
- 商品の継続的な開発や継続発信ができているかどうか。世の中の流れがとても早いので、常に開発し、お客様の変化に合わせて求められているものを計画的に提供し続けることが課題です。そのためにはお客様への理解を深めていくこと。これをおろそかにすると商品を開発しても的外れになるので、お客様理解の深化は課題だと思います。あとは、ECマーケティングだけでなく会社を横断してハウスグループの力を引き出せているか。この3点ですね。
- 関
- まだハウス様の組織について深く理解できていないからこそ、こんな情報があればいいのにと思うこともあります。ハウス様のファンサイト「Come on House(カモンハウス)」にはたくさんのファンがいるので、そこに集まる情報を提供してもらったり、こちらから提供したり、ハウス様全体のリソースを使わせてもらいながら展開していけたらと考えています。
- 宮下様
- お客様のためになると信じて、あきらめずにやっていきましょう。
「every HOUSE」にはどんな成長を思い描いていますか?
- 小島様
- 直接お客様との関係性をつくっていくファンマーケティングを追求したいと考えています。特に、18歳〜30代のお客様にファンになっていただく関係性を作り上げていくことが将来的に重要ととらえています。ハウス食品の創業理念でも「in every HOUSE」を踏まえて、世代の途切れを解消していきながら、お客様との出会いの場や出会い方を進化させていく場にしていきたいと思っています。
そんな想いも込めて「every HOUSE」というサイト名にいたしました。まずはサイトを成長させることが優先なので、ハウスを支持してくれている方が多い40〜50代の方にフォーカスしています。
- 関
- 社内での期待値はいかがですか?
- 小島様
- お客様と直接つながることのできるECは一番可能性が高いとわかっているので、社内的にも期待されています。すぐに5倍10倍の成長線を期待されても少し困りますが、足腰強く地道に頑張って存在感を発揮していきたいと考えています。
- 井筒様
- 今は地べたで筋トレしている段階かな。
- 小島様
- 富士山だと2時間かけたけど、まだ1合目という感覚ですね。
- 関
- じっくり筋トレをしながら成長を目指すなかで、EC攻略を支えるプロジェクトメンバーには、今後どんなことを期待されていますか?
- 宮下様
- 自分たちにはわからないハウスの強みを引き出してもらいたいですね。情報の切り口ひとつをとっても強さが変わるため、パートナーにはそれをみつけてくれることを期待しています。
- 小島様
- 一番はお客様目線。自分たちはどこかでバイアスがかかっているところがあるので、客観的な意見を聞かせてほしい。お客様との出会い方でいうと、新しい出会い方がまだまだあるはずなので、自分たちが気づいてない共感ポイントを一緒に探していけると助かります。我々はみなさんを取引先ではなくパートナーと思っているので、忖度なしにいい合える環境やそういった関係性で一丸となってやっていけることを期待しています。
- 関
- お話いただいたことをペンシルとしても意識してやっていこうと思います。最後に、同じ課題を持つメーカー企業様にアドバイスするとしたら?もしくはこの取組みをはじめる頃のご自身にアドバイスをするとしたら?
- 宮下様
- ひとつキーワードとしてあげるなら「胆力」だと思います。なにか事を成すときに楽な道はないと伝えたいですね。オリジナルなものをつくり出すには困難が伴いますが、社内外のメンバーの視線を合わせて同じゴールを目指すことがプロジェクト成功の鍵です。自分たちで立てた計画とコンセプトを信じてやりきる胆力が必要だと思っています。
- 井筒様
- 自分のようにIT経験が浅い人にアドバイスするとしたら「柔軟性」。事業推進のリーダーとして会社になにを貢献するのか、ハウス食品として世の中に何をリーチしていくのかは重要ですが、やりたいことに固執し過ぎるとどこかで折れてしまいます。上に立つ旗を見上げながら、どの登山道を登れば無事に頂上にたどりつけるのか。やりたいことも状況に応じて変化させながら、凝り固まることなく、ある意味ゆるく柔軟に対応していくことが重要と考えます。
ゼロベースでつくり上げるときにはきっと思いもよらないことが起こりがちですが、だからこそチームで動いています。上位目的だけはぶらさずに、その過程をメンバー、パートナーとともに楽しみながら進んでいければと考えています。
- 小島様
- 普段からメンバーには「海に飛び込め」と話しています。飛び込んでみて初めてこんなに水は冷たいのか、こんなに波は荒いのかがわかるものです。自分でわからないと決して泳げるようにはならない。ときには溺れてみるのも経験です。世の中は非常に早いスピードで変化していて、お客様もツールも変わっていきます。日々それらにどう対応していくべきか模索していますが、やはり自分で泳ぎながら覚えていくのが一番の近道です。あと2年してからはじめるところと、今からやって苦労していくところを比べたら、早くはじめた方がよい結果を出せるに決まっていますから。
- 関
- 今日はとてもいいお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。今後ともご期待に添えるよう尽力いたします。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。